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大阪地方裁判所 昭和37年(ワ)2227号 判決 1967年8月18日

原告 酒井靖夫

右訴訟代理人弁護士 物部義雄

被告 杉本金次郎

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 松永二夫

主文

原告の被告らに対する請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

「(一) 被告杉本は原告に対し別紙第一物件目録記載の建物に対する左記登記の抹消登記手続をせよ

(1)  大阪法務局江戸堀出張所昭和三一年五月一一日受付第六七六五号一番根抵当権移転の附記登記

(2)  右出張所昭和三一年五月一一日受付第六七六六号所有権移転請求権保全仮登記移転の附記登記

(3)  右出張所昭和三一年五月一一日受付第六七六八号所有権移転登記

(二) 被告福寿信用協同組合(以下被告組合という)は原告に対し別紙第一物件目録記載の建物に対する左記登記の抹消登記手続をせよ

(1)  大阪法務局江戸堀出張所昭和三一年五月一一日受付第六七七三号根抵当権設定登記

(2)  右出張所昭和三一年五月一一日受付第六七七四号所有権移転請求権保全仮登記

(三) 被告杉本および被告組合は原告に対し別紙第一物件目録記載の建物を明渡し、かつ昭和三一年五月一一日から右明渡済まで一ヵ月金九万四〇〇〇円の割合による金員を支払え。

(四) 被告杉本は原告に対し別紙第二物件目録記載の建物を収去せよ。

(五) 訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言

二  被告ら

(一)  本案前の裁判

「原告の訴を却下する。」との判決

(二)  本案の裁判

主文同旨の判決

第二当事者の主張

一  原告主張の請求原因

(一)  訴外大京興業株式会社(以下訴外会社という)は昭和三〇年一一月一五日被告組合に対し金四〇〇万円を限度とする金銭の継続的借受契約を結んだ際、原告は同日右債務を担保するため自己所有にかかる別紙第一物件目録記載の建物につき極度額四〇〇万円の根抵当権を設定するとともに、訴外会社が債務の支払を遅滞したときはその代物弁済として右建物の所有権を移転させる旨の予約をした。そして前者については大阪法務局江戸堀出張所昭和三〇年一二月一七日受付第一六九二五号をもって根抵当権設定登記を、後者については右出張所同日受付第一六九二七号をもって所有権移転請求権保全の仮登記を夫々経由した。

(二)  ところが被告組合は被告杉本と通謀して昭和三一年五月一一日被告組合の訴外会社に対する前記債権およびこれに附随する前記根抵当権および代物弁済予約上の権利を被告杉本に仮装譲渡し夫々請求趣旨(一)(1)(2)のとおり附記登記を経由した。すなわち、被告組合は被告杉本と通謀の上、被告組合の訴外会社に対する債権および代物弁済予約上の権利を被告杉本に譲渡することにより同被告に別紙第一物件目録記載の建物の形式上の所有名義を得させ、同被告において右建物の賃借人から賃料を取立てさせ、逐次右賃料をもって訴外会社の被告組合に対する債務を弁済する便宜を図るため、被告杉本において被告組合から前示権利を譲受けたように仮装したものである。そして被告杉本は同日付翌一二日到達の書面で原告に対し代物弁済予約完結の意思表示をし、同年同月一一日付で代物弁済を原因として請求趣旨(一)(3)記載のとおり所有権移転登記手続を経由した。しかし前記附記登記は通謀虚偽表示に基づくもので、無効であるから、原告は被告杉本に対し右附記登記の抹消登記手続を求めるとともに、代物弁済予約上の権利の譲渡が無効なる以上これに基いてなした被告杉本の予約完結の意思表示も当然無効というべきである。

したがってまたこれに基いてなされた所有権移転の本登記も無効である。よって被告杉本に対しこれが抹消登記手続を求めるものである。

(三)  被告杉本は別紙第一物件目録記載の建物につき大阪法務局江戸堀出張所昭和三一年五月一一日受付第六七七三号をもって被告組合のために原因同日手形貸付商業手形割引についての根抵当権設定契約に基いて極度額金三四〇万円の根抵当権設定登記をするとともに、代物弁済予約を結び同出張所同日受付第六七七四号をもって代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記手続をした。しかし(一)で述べたように、被告杉本は右建物の所有権を取得していないし、かつ右根抵当権設定および代物弁済の予約もまた被告杉本と被告組合が通謀して仮装したに過ぎないから無効である。よって原告は被告組合に対しこれが抹消登記手続を求める。

(四)  被告らは昭和三一年五月一一日以来別紙第一物件目録記載の建物を不法占拠し、よって原告に対し一ヵ月九万四〇〇〇円の賃料相当の損害を蒙らせているので、原告は賠償として右同額の支払を求める。

(五)  被告杉本は別紙第一物件目録記載の建物の三階に請求趣旨(四)記載の建物を建築所有している。よって原告は被告杉本に対しこれが収去を求める。

二  被告らの答弁

(一)  本案前の答弁

被告杉本は本件根抵当権並に代物弁済予約上の権利を被告組合から適法に譲受け、右代物弁済予約完結の意思表示により別紙第一物件目録記載の建物の所有権を取得したので、被告杉本は右建物の一部を権原なく占拠していた原告に対し家屋明渡を訴求し、大阪地方裁判所昭和三一年(ワ)第四六四三号家屋明渡請求事件として係属し、昭和三三年一二月二五日被告杉本勝訴の判決があり、原告が右判決を不服とし控訴したが、控訴審たる大阪高等裁判所において右控訴棄却の判決があり(大阪高等裁判所昭和三三年(ネ)第一七三八号)、原告は右判決にも不服があるとし、上告したが、上告もまた棄却された(昭和三八年(オ)第三八三号)。したがって右判決の既判力として被告杉本が判決主文の前提である根抵当権並に代物弁済予約上の権利を有していたことは確定したもので、被告両名は右効果を援用する。よって本訴は不適法として却下さるべきものである。

(二)  本案の答弁

一(一)の事実は認める。

一(二)のうち原告主張の日時被告組合が被告杉本に原告主張の根抵当権および代物弁済予約上の権利を譲渡しかつ夫々その附記登記をしたこと並に代物弁済予約完結の意思表示をし、かつ所有権移転の本登記手続を経由したことは認めるが、その余の事実を争う。

一(三)のうち原告主張の根抵当権設定登記および代物弁済予約を結びこれを原因とする所有権移転請求権保全の仮登記をしたことは認めるが、その余の事実を争う。

一(四)の事実は否認する。被告杉本は所有権に基いて使用収益しているものである。

一(五)のうち被告杉本が原告主張の建物を建築所有していることは認めるが、収去する義務はない。

(三) 被告らの主張

訴外会社の被告組合に対する債務は昭和三〇年一二月金五六五万円に達し、訴外会社はその履行を遅滞したので、被告組合はその債権回収の方法として昭和三一年五月一一日被告杉本に対し右債権を原告に対する根抵当権並に代物弁済予約上の権利と共に譲渡し同日原告に対し右譲渡の通知をなし、かつ移転の附記登記を経由した。被告杉本は同日原告に対し右予約による完結権を行使する旨通告し、右仮登記の本登記をなし完全に所有者となった。よって本訴請求は失当である。

三  被告の主張に対する原告の答弁

(一)  本案前の主張に対して

被告杉本が別紙第一物件目録記載の所有者なることを理由として原告に対しその建物の一部を占有していた原告に対し家屋明渡の訴を起し、右訴訟が被告ら主張の経緯により原告の敗訴に帰したことは認める。しかしながら確定判決の既判力は民訴法一九九条により主文に包含されているものに限るのであるから右判決の既判力は本件建物の明渡を是認した点のみに限定さるべきものである。判決の理由となった被告組合と被告杉本との間における根抵当権および代物弁済予約上の権利譲渡並に被告杉本の本物件に対する代物弁済に因る所有権取得は訴訟物として判決主文に包含されていないから既判力を生ずる理由がない。

(二)  本案の答弁に対して

被告組合は債権整理の目的で債権譲渡をしたのであるから譲渡債権は被告組合の訴外会社に対する債権五六五万円から訴外会社の被告組合に対する反対債権(掛金積金等)二四一万五五五〇円(乙第一六号証の一参照)を控除した確定債権三二三万四四五〇円とすべきである。反対債権を控除しないで保留し、五六五万円の債権だけを譲渡することは債権整理の目的に反し、被告組合の意思にも反する。

第三証拠方法≪省略≫

理由

一、被告杉本に対する抹消登記手続請求について

原告主張の一(一)の事実は当事者間に争いなく同一(二)の事実も仮装譲渡との点を除き当事者間に争いない。そこで仮装譲渡の主張につき判断する。

≪証拠省略≫によると、被告杉本は原告を相手方として提起した当庁昭和三一年(ワ)第四六四三号家屋明渡請求事件において別紙第一物件目録記載の建物(以下本件建物という)の二階の一部に居住していた原告に対し、原告が請求原因一(一)(二)において述べた事由により本件建物の所有権を取得したことを理由として、家屋明渡を求め、これに対し原告は請求原因事実を全面的に争って抗争したが、結局一審裁判所は審理の結果被告杉本の主張を認めて被告杉本勝訴の判決をしたこと、原告はこの判決を不服として控訴し、大阪高等裁判所昭和三三年(ネ)第一七三八号家屋明渡請求控訴事件において原告は新たに被告組合の訴外会社に対する根抵当権および代物弁済予約上の権利附債権を被告杉本に譲渡したのは被告らの通謀虚偽表示に基づく旨の抗弁を提出し、当事者双方とも新たに証拠を提出して立証をつくしたが、控訴裁判所も右抗弁の成否を主要の争点として審理の結果右抗弁を排斥し、被告杉本の請求原因を認め原告の控訴を棄却する旨の判決をしたこと、原告は、この判決にも不服があるとして最高裁判所に上告したが、上告棄却となり、右控訴裁判所の判決が確定したことが認められ、他に右認定を動かす証拠はない。

右事実によると、本件仮装譲渡の主張は、すでに右別訴において当事者が主要な争点として主張立証をつくし、裁判所もこの点につき実質的に審理し、判決の決定的前提として判断した事項であることが明らかであるから、原告は本件根抵当権および代物弁済予約上の権利附債権譲渡が仮装でなかったとする右控訴裁判所の判断に拘束され、もはやこれを争うことはこれを許されないものと解するを相当とする。けだし、確定判決は原則として主文に包含するものに限り既判力を有し(民訴法一九九条)、理由中の判断は既判力を有しないことはいうまでもないが、しかし、理由中に示された判断であっても、それが判決の結論(主文)を導き出すための決定的前提となったものであり、しかも当該訴訟における主要な争点として当事者間で主張立証をつくし、裁判所も実質的に審理した事項についての判断である限り、紛争の最終的解決を裁判所に委ねた当事者としては、信義則上、これを受忍し、かつ尊重すべきは当然であって、後訴においてその当事者がこれに反する主張をし、もしくはこれを争うことが許されないものというべきであるからである。(なお、当裁判所に提出せられた証拠調の結果によっても前記判断と異る結論を見出し得なかった)。

してみれば、被告組合の訴外会社に対する債権(根抵当権および代物弁済予約上の権利付)を被告杉本に譲渡したのは有効であり、被告杉本が右代物弁済予約を完結する旨の意思表示をし、これによって本件建物の所有権を取得したものというべく、原告の被告杉本に対する請求(一)(1)(2)(3)は理由なくこれを棄却すべきものである(なお債権譲渡そのものの効果はその有償なると、無償なるとにより異ならないものであるところ、本件においては≪証拠省略≫によると、被告組合は訴外会社に対する債権五六五万円から一部弁済を受けた金額および訴外会社の被告組合に対する債権を控除した金三〇二万〇九八二円で右債権を被告杉本に譲渡したものであることが認められるので原告の主張は失当である)。

二、被告組合に対する請求について

原告主張の一(三)の事実も根抵当権設定および代物弁済予約の締結が被告らの通謀虚偽表示であるとの点を除き当事者間に争いがなく、それが通謀虚偽表示に基いてなされたことを認むべき確証はなく、却って≪証拠省略≫によると本件根抵当権設定および代物弁済予約の締結が真実になされたことが肯認されるので、これが無効を前提とする根抵当権設定登記および所有権移転請求権保全の仮登記の抹消登記手続を求める請求は理由がなく棄却すべきものである。

三、被告両名に対する家屋明渡および損害金請求について

一において認定したとおり被告杉本は本件建物の所有者として適法に本件建物を占有するものというべく、同被告に対する明渡および不法占有を理由とする損害金の請求は失当である。

又≪証拠省略≫によると、被告組合は本件建物を占有した事実がないことが認められるので、同被告に対する本件建物の明渡および不法占有を理由とする損害金の請求は失当であり、棄却すべきものである。

四、被告杉本に対する建物収去請求について

被告杉本が原告主張の各建物を建築所有していることは当事者間に争いない。しかしすでに一において判断したところおよび被告杉本金次郎の供述によると、被告杉本は本件建物を代物弁済により取得した後に本件建物の二階の上に三階として前記建物を建築したことが認められるので、被告からその収去を求められる理由がない。よって原告の右請求も失当であり、棄却すべきものである。

五、結論

以上認定のとおり原告の被告らに対する請求はいずれも理由がないから棄却することとし、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 庄田秀麿)

<以下省略>

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